※「京都徒然(つれづれ)」は、わたしが京都にいるときに見たこと、感じたことをお伝えするコラムです。
( 徒然(つれづれ)…何もすることがなくぼんやりしていること)
昨日は中秋(ちゅうしゅう)の名月、一日遅(おく)れて今日が満月(まんげつ)、
暗くなってから、御所(ごしょ)の中を歩き、鴨川(かもがわ)を歩きました。
昨日も今日も、
空に雲が浮かんでいました。
雲が、時々、お月さまを隠(かく)します。
「月に叢雲(むらくも)、花に風」
というのは、
せっかくのタイミングに邪魔(じゃま)が入るという意味ですが、
まさに「月に叢雲(むらくも)」です。
でも、確かに雲は時々お月さまを隠(かく)しますが、
雲が、月の光に照らされて明るく輝(かがや)き、
その合間(あいま)に、時々見えるお月さまは
幻想的(げんそうてき)な景色(けしき)を作り出しています。
雲ひとつない空のお月さまを見るより、
別世界(べっせかい)に引き込まれるような魅力(みりょく)があります。
ただ、問題(もんだい)は暑さ、
今日の京都の最高気温(さいこうきおん)は36.5°C、
夜になっても、30°を超(こ)えています。
鴨川(かもがわ)のベンチに座(すわ)っていても汗(あせ)ばむ暑さ。
子供の頃のお月見(つきみ)の思い出は、
秋の涼しい風が吹くなか、
縁側(えんがわ)にススキとお団子(だんご)を飾(かざ)ってお月さまを見る、
夏の暑さが終(お)わってほっとする時間、
というものでしたが、
今や、汗(あせ)を拭(ふ)きながらお月さまを見る時代、
日本は春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)、四季(しき)の変化(へんか)の中で
季節を楽しみ、
またその移(うつ)ろいの中に
人生を感じるという文化を培(つちか)ってきましたが、
地球温暖化(ちきゅうおんだんか)のために、
季節の情緒(じょうちょ)は失われつつあるというのが実感(じっかん)です。
でも、季節のリズムが変われば、
その中で、また新しい文化や行事(ぎょうじ)が生まれるのでしょうか?
今のままでは、地球の変化は止(と)められないと思います。
寂(さび)しい思いもありますが、
せめて、その中から、
また新しい文化や行事(ぎょうじ)が生まれてほしいと思います。
人は、環境(かんきょう)の変化の中でも
喜びや楽しさを見つける力があると思いますから。
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KOBA
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