オイクボがサッカー部の練習に顔を出したことは、一度もなかった。
職員室の隅で眉間にしわを寄せ、黙々と書類に向き合うばかりだった。
「顧問なのに、なんで見に来ないんだよ?」
僕たちはそんな不満をぶつけても、答えが返ってくることはなかった。
時々、英語教師のニシヅカや体育のタナブが練習を覗きに来ることはあったが、
ただ遠くから見守るだけで何も変わらなかった。
僕たちの顧問は形ばかりの存在で、
サッカー部は、ただ「そこにあるだけ」の部活だった。
「誰も弱小チームなんて気にしてない」
それは僕たち全員が共有する、諦めのような感覚だった。
野球部が規則正しく鍛えられ、情熱にあふれているのとは対照的に、
僕らのサッカー部は不良と運動音痴の寄せ集め。
練習のメニューも単調で、熱くなれる要素なんてどこにもなかった。
僕もなんだかんだ理由をつけては練習をサボるのが常だった。
最後の大会では、僕たちにしては上出来の結果だった。
1回戦、PK戦を制して勝利を手にした。
試合中のヤワチャンの気迫に、僕らですら震えたほどだ。
だが、2回戦では格上の相手に食らいつきながらも0-1で敗北。
試合終了の笛が鳴っても、悔しさや達成感といった感情は湧いてこなかった。
ただ「ああ、終わったんだな」と、虚無感だけがそこにあった。
トボトボと部室に戻り、荷物を片付けて体育館へ向かった。
そこで僕らを待っていたのは、オイクボだった。
「絶対に怒られるぞ」と身構える僕たちに、彼は静かに言った。
「ありがとう」
その一言は、想像をはるかに超える重みを持っていた。
彼の目には涙が浮かび、言葉には特別な感情が込められていた。
オイクボは、練習を見に来られなかった悔しさや、
顧問として何もできなかった情けなさ、
それでも最後まで諦めずに戦った僕たちへの誇りを、
すべて「ありがとう」に詰め込んでいたのだ。
僕たちはその言葉に心を動かされ、泣き出した。
負けたチームが泣くなんて滑稽に思えるかもしれない。
でも、その涙はただの悔しさではなく、
これまで自分たちが抱えてきた思いと向き合う時間だった。
下校中、涙を拭いながら思った。
「ああ、これが青春なんだな」
オイクボの「ありがとう」は、僕たちの頑張りを肯定し、
それ以上に青春の意味を教えてくれる言葉だった。
そしてその意味を感じ取れた僕たちの涙こそが、
何よりも輝いていたのだ。
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